般若心経 訳者:玄奘 姉妹プロジェクト:Wikipediaの記事, Commonsギャラリ, 引用集, データ項目 『般若心経』(はんにゃしんぎょう)、正式名称『般若波羅蜜多心経』(はんにゃはらみったしんぎょう、प्रज्ञापारमिताहृदय、Prajñā-pāramitā-hṛdaya、プラジュニャーパーラミター・フリダヤ)は、大乗仏教の空・般若思想を説いた経典で、般若経の1つともされる。僅か300字足らずの本文に大乗仏教の心髄が説かれているとされ、複数の宗派において読誦経典の一つとして広く用いられている。 — ウィキペディア日本語版「般若心経」より。 底本: 大谷光瑞 述『般若波羅密多心経講話』,大乗社,大正15. 国立国会図書館デジタルコレクション:info:ndljp/pid/1021610 大谷光瑞 述『般若波羅密多心経講話』,大乗社,昭和3. 国立国会図書館デジタルコレクション:info:ndljp/pid/1029413 小林正盛 編『真言宗聖典』,森江書店,大正15. 国立国会図書館デジタルコレクション:info:ndljp/pid/916687/1/66 梵文テキスト 大谷光瑞 述『般若波羅密多心経講話』大乗社 所収のサンスクリット文 namaḥ sarvajñāya. āryāvalokiteśvara-bodhisattvo gambhīrāyaṃ prajñāpāramitāyāṃ caryāṃ caramāṇo vyavalokayati sma pañca-skandhāḥ. tāṃśca svabhāvaśūnyān paśyati sma iha Śāriputra rūpaṃ śūnyatā śūnyataiva rūpaṃ rūpānna pṛthak śūnyatā śūnyatāyā na pṛthag rūpaṃ yad rūpaṃ sā śūnyatā yā śūnyatā tad rūpaṃ. evam eva vedanā-saṃjñā-saṃskāra-vijñānāni. iha Śāriputra sarva-dharmāḥ śūnyatā-lakṣaṇā anutpannā aniruddhā amalā na vimalā nonā na paripūrṇāḥ. tasmac Chāriputra śūnyatāyāṃ na rūpaṃ na vedanā na saṃjñāna saṃskārā na vijñānāni. na cakṣuḥ-śrotra-ghrāṇa-jihvā-kāya-manāṃsi. na rūpa-śabda-gandha-rasa-spraṣṭavya-dharmāḥ. na cakṣurdhātur yāvan na mano-vijñāna-dhātuḥ. na vidyā nāvidyā na vidyā-kṣayo nāvidyā-kṣayo yāvan na jarāmaraṇaṃ na jarāmaraṇa-kṣayo na duḥkha-samudaya-nirodha-mārgā na jñanaṃ na prāptir aprāptitvena. bodhisattvasya prajñā-pāramitām āśritya viharaty acittāvaraṇaḥ. cittāvaraṇa-nāstitvād atrasto viparyāsātikrānto niṣṭha-nirvāṇaḥ. tryadhva-vyavasthitāḥ sarva buddhāḥ prajñā-pāramitām aśrityānuttarāṃ samyaksambodhim abhisambuddhāḥ. tasmāj jñātavyo prajñā-pāramitā-mahā-mantro-mahā-vidyā-mantro 'nuttara-mantro' samasama-mantraḥ sarvaduḥkha praśamanaḥ satyam amithyatvāt prajñā-pāramitāyāmukto mantraḥ. tad yathā gate gate pāragate pārasaṃgate bodhi svāhā. iti prajñā-pāramitā hṛdayaṃ samāptaṃ. ソース 大谷光瑞 述『般若波羅密多心経講話』大乗社、大正15 大谷光瑞 述『般若波羅密多心経講話』大乗社、昭和3 玄奘訳テキスト 小林正盛 編「真言宗聖典」、森江書店、大正15年、p 114 句点の打ち方を独自に修正した。また誤植を修正した。 仏説摩訶般若波羅蜜多心経 観自在菩薩行深般若波羅蜜多時。照見五蘊皆空。度一切苦厄。 舎利子。色不異空。空不異色。色即是空。空即是色。受想行識亦復如是。 舎利子。是諸法空相。不生不滅。不垢不浄。不増不減。 是故空中。無色無受想行識。無眼耳鼻舌身意。無色声香味触法。無眼界。乃至無意識界。無無明。亦無無明尽。乃至無老死。亦無老死尽。無苦集滅道。 無智亦無得。以無所得故。菩提薩埵。依般若波羅蜜多故。心無罜礙。無罜礙故。無有恐怖。遠離一切顛倒夢想。究竟涅槃。 三世諸仏。依般若波羅蜜多故。得阿耨多羅三藐三菩提。 故知。般若波羅蜜多。是大神呪。是大明呪。是無上呪。是無等等呪。能除一切苦。真実不虚故。説般若波羅蜜多呪。 即説呪曰。羯諦羯諦波羅羯諦波羅僧羯諦菩提薩婆訶。般若心経 大正新修大蔵経収録テキスト 般若波羅蜜多心經(はんにやはらみつたしんぎやう) 唐三藏法師玄奘譯 (たうさんざうほふしげんじやうやく) 觀自在菩薩。行深般若波羅蜜多時。照見五蘊皆空。度一切苦厄。 舍利子。色不異空。空不異色。色即是空。空即是色。受想行識亦復如是。 舍利子。是諸法空相。不生不滅。不垢不淨不増不減。 是故空中。無色。無受想行識。無眼耳鼻舌身意。無色聲香味觸法。無眼界。乃至無意識界。 無無明。亦無無明盡。乃至無老死。亦無老死盡。無苦集滅道。無智亦無得。 以無所得故。菩提薩埵。依般若波羅蜜多故。心無罜礙。無罜礙故。無有恐怖。遠離顛倒夢想。究竟涅槃。 三世諸佛。依般若波羅蜜多故。得阿耨多羅三藐三菩提。 故知般若波羅蜜多。是大神咒。是大明咒是無上咒。是無等等咒。能除一切苦。眞實不虚故。説般若波羅蜜多咒即説咒曰 掲帝掲帝 般羅掲帝 般羅僧掲帝 菩提僧莎訶 般若波羅蜜多心經 集王聖教序収録テキスト(集字のため違う漢字の代用あり) 股若波羅蜜多心経(はんにやはらみつたしんぎやう) 沙門玄奘奉 詔譯 (しゃもんげんじやうぶじゃうやく) 觀自在菩薩行深般若波羅蜜多時照見五薀皆空度一切苦厄 舍利子色不異空空不異包包即是空空即是包受想行識亦復如是 舍利子是諸法空相不生不滅不垢不淨不増不減 是故空中無色無受想行識無眼耳鼻舌身意無包聲香味觸法無眼界乃至無意識界 無無明亦無無明盡乃至無老死亦無老死盡無苦集滅道無智亦無得 以無所得故菩提薩埵依般若波羅蜜多故心無罜礙無罜礙故無有恐怖遠離顛倒夢想究竟涅(股/木) 三世諸佛依股若波羅蜜多故得阿耨多羅三(蕏-者+艮)三菩提 故知般若波羅蜜多是大神呪是大明咒是無上呪是無等等呪能除一切苦真實不虛故 說股若波羅蜜多咒即說呪曰 揭諦揭諦 般羅揭諦 般羅僧揭諦菩提莎婆呵 股若多心経 太子太傅尚書左僕射燕國公于志寧 中書令南陽縣開國男來濟 禮部尚書高陽縣開國男許敬宗 守黄門侍郎兼左庶子薛元超 守中書侍郎兼右庶子李義府 等奉勅潤色 威亨三年十二月八日 京城法侶建立 文林郎諸葛神力 勒石 武騎朱静藏 鐫字 読み 漢字字音発音 觀自在菩薩くわん じ ざい ぼ さつカン ジ ザイ ボ サツ 行深般若波羅蜜多時ぎやう じん はん にや は ら みつ た じギョー ジン ハン ニャ ハ ラ ミッ タ ジ 照見五蘊皆空せう けん ご うん かい くうショー ケン ゴ ウン カイ クー 度一切苦厄ど いち さい く やくド イッ サイ ク ヤク 舍利子しや り しシャ リ シ 色不異空しき ふ い くうシキ フ イ クー 空不異色くう ふ い しきクー フ イ シキ 色卽是空しき そく ぜ くうシキ ソク ゼ クー 空卽是色くう そく ぜ しきクー ソク ゼ シキ 受想行識じゆ さう ぎやう しきジュ ソー ギョー シキ 亦復如是やく ぶ によ ぜヤク ブ ニョ ゼ 舍利子しや り しシャ リ シ 是諸法空相ぜ しよ はふ くう さうゼ ショ ホー クー ソー 不生不滅ふ しやう ふ めつフ ショー フ メツ 不垢不淨ふ く ふ じやうフ ク フ ジョー 不增不減ふ ぞう ふ げんフ ゾー フ ゲン 是故空中ぜ こ くう ちうゼ コ クー チュー 無色む しきム シキ 無受想行識む じゆ さう ぎやう しきム ジュ ソー ギョー シキ 無眼耳鼻舌身意む げん に び ぜつ しん いム ゲン ニ ビ ゼツ シン イ 無色聲香味觸法む しき しやう かう み そく はふム シキ ショー コー ミ ソク ホー 無眼界む げん かいム ゲン カイ 乃至無意識界ない し む い しき かいナイ シ ム イ シキ カイ 無無明む む みやうム ム ミョー 亦無無明盡やく む む みやう じんヤク ム ム ミョー ジン 乃至無老死ない し む らう しナイ シ ム ロー シ 亦無老死盡やく む らう し じんヤク ム ロー シ ジン 無苦集滅道む く しふ めつ だうム ク シュー メツ ドー 無智亦無得む ち やく む とくム チ ヤク ム トク 以無所得故い む しよ とく こイ ム ショ トク コ 菩提薩埵ぼ だい さつ たボ ダイ サッ タ 依般若波羅蜜多故ゑ はん にや は ら みつ た こエ ハン ニャ ハ ラ ミッ タ コ 心無罜礙しん む け げシン ム ケ ゲ 無罜礙故む け げ こム ケ ゲ コ 無有恐怖む う く ふム ウ ク フ 遠離一切顚倒夢想をん り いち さい てん たう む さうオン リ イッ サイ テン トー ム ソー 究竟涅槃く きやう ね はんク キョー ネ ハン 三世諸佛さん せ しよ ぶつサン セ ショ ブツ 依般若波羅蜜多故ゑ はん にや は ら みつ た こエ ハン ニャ ハ ラ ミッ タ コ 得阿耨多羅三藐三菩提とく あ のく た ら さん みやく さん ぼ だいトク ア ノク タ ラ サン ミャク サン ボ ダイ 故知般若波羅蜜多こ ち はん にや は ら みつ たコ チ ハン ニャ ハ ラ ミッ タ 是大神咒ぜ だい じん しゆゼ ダイ ジン シュ 是大明咒ぜ だい みやう しゆゼ ダイ ミョー シュ 是無上咒ぜ む じやう しゆゼ ム ジョー シュ 是無等等咒ぜ む とう どう しゆゼ ム トー ドー シュ 能除一切苦のう ぢよ いち さい くノー ジョ イッ サイ ク 眞實不虚しん じつ ふ こシン ジツ フ コ 故說般若波羅蜜多咒こ せつ はん にや は ら みつ た しゆコ セツ ハン ニャ ハ ラ ミッ タ シュ 卽說咒曰そく せつ しゆ わちソク セツ シュ ワツ 羯諦羯諦波羅羯諦ぎや てい ぎや てい は ら ぎや ていギャー テー ギャー テー ハ ラ ギャー テー 波羅僧羯諦は ら そう ぎや ていハ ラ ソー ギャー テー 菩提娑婆訶ぼ じ そ わ かボ ジ ソ ワ カ 般若心經はん にや しん ぎやうハン ニャ シン ギョー 訓み下し 觀自在菩薩、深般若波羅蜜多を行じし時、五蘊皆空なりと照見して、一切の苦厄を度したまえり。 舎利子、色は空に異ならず、空は色に異ならず。色はすなわちこれ空、空はこれすなわち色なり。受想行識もまたまたかくのごとし。 舎利子、この諸法は空相にして、生ぜず、滅せず、垢つかず、浄からず、増さず、減ぜず、この故に、空の中には、色もなく、受も想も行も識もなく、眼も耳も鼻も舌も身も意もなく、色も声も香も味も触も法もなし。眼界もなく、乃至、意識界もなし。無明もなく、また、無明の尽くることもなし。乃至、老も死もなく、また、老と死の尽くることもなし。苦も集も滅も道もなく、智もなく、また、得もなし。得る所なきを以ての故に。菩提薩埵は、般若波羅蜜多に依るが故に心に罜礙なし。罜礙なきが故に、恐怖あることなく、一切の顚倒夢想を遠離し涅槃を究竟す。三世諸佛も般若波羅蜜多に依るが故に、阿耨多羅三藐三菩提を得たまえり。故に知るべし、般若波羅蜜多はこれ大神咒なり。これ大明咒なり。これ無上咒なり。これ無等等咒なり。よく一切の苦を除き、真実にして虚ならず。故に般若波羅蜜多の咒を説く。すなわち咒を説いて曰わく、 羯諦 羯諦 波羅羯諦 波羅僧羯諦 菩提娑婆訶 般若心經 語の解説 般若波羅蜜多: 人間が真実の生命に目覚めたときにあらわれる根源的な叡智。『智慧の完成』 觀自在: 衆生(世間の多くの人々)から観られつつ、多くの人々を観、救う働きが自由自在であることを指し、根源的な叡智を体得した者の働き。「観」+「自在」 菩薩: 「さとりを求める者」 深: 六波羅蜜(布施・持戒・忍辱・精進・禅定・智慧)の一つ智慧波羅蜜多ではなく、それを含むすべての般若波羅蜜多を指すための形容詞だという 五蘊: 「五つの集まり」。色(物質的現象)と受想行識(精神作用)の五つによって一切の存在が構成されてるとする 舍利子: シャーリプトラ。釈尊の高弟の一人。智慧第一。 色: 物質的現象として存在するもの。 空: 「何もない状態」が原義。「ゼロ」 受想行識 「受」: 「感覚」 「想」: すべて知る、転じて「表象」 「行」: 「意志」「意思的形成力」 「識」: 眼・耳・鼻・舌・身・意の認識作用が、形・声・身・味・触れられるもの・心の対象という対象を認識する働きの総称。 不生不滅: すべての存在するものは根源的には空なるものであって、生ずることも滅する事もない、という意。「全ての存在するものには実体がないという特性がある」。『不生不滅なる縁起』という意味では、生を離れた滅はなく、滅を離れた生はない、という意味になる。 不垢不淨: すべの存在するものは、本来、清浄であるとも不浄であるともいえない、という意 不增不減: 「これは(真の)バラモンの永久の偉大である。業によって増大せず、また縮小せず。」という。「これは」=「我(アートマン)」=「ブラフマンである我(ブラフマン)」という。 無色 無受想行識 無眼耳鼻舌身意 無色聲香味觸法 無眼界 乃至無意識界: 五蘊十二処(六根=眼・耳・鼻・舌・身・意 +六境=色・声・香・味・触・法)十八界(十二処それぞれを「界」とし、それに眼識・耳識・鼻識・舌識・身識・意識の六識を加える)の「三科」を列挙しことごとく否定する。 無無明 亦無無明盡 乃至無老死 亦無老死盡: 十二因縁の各支の名目をあげるべきところを省略したもの 無明: 過去世に無限に続いてきている迷いの根本である無知 行: 過去世の無明によって作る善悪の行業 識: 過去世の行によってうけた現世の受胎の一念 名色: 胎中における心と体 六入: 胎内で整う眼などの五根と意根 触: 出胎してしばらくは苦楽を識別するには至らず、物に触れる働きのみがある 受: 苦・楽・不苦・不楽、好悪を感受する感覚 愛: 苦を避け常に楽を追求する根本欲望 取: 自己の欲するものに執着する働き 有: 愛取によって色々な業を作り未来の結果を引きおこす働き 生 老死 過去の因(無明・行)と現在の果(識・名色・六入・触受)、現在の因(愛・取・有)、未来の果(生・老死)という二重の因果を示すものとして、これを三世両重の因果という。 無苦集滅道: 「苦諦」・「集諦」・「滅諦」・「道諦」を四諦といい、仏陀の教義の根本をなす四つの真理であり、これを否定するのは、四諦への執着を破って、四諦の真意を生かすため。 ウィキペディアには、般若心経に関連する記事があります。 滅: 制す 菩提薩埵: 原語ボーディサットゥヴァ(=菩薩)の音訳、ニルクティ説もある。 心無罜礙: 罜=引っ掛ける。礙=さまたげる、または、さわり、障碍。「心を覆うものがない」の意 顚倒夢想: 正しくものを見ることができない迷い、の意 究竟涅槃: 涅槃=原語ニルヴァーナの音訳、一切の迷いから脱した境地。 三世諸佛: 過去・現在・未来にまします無数に多くの仏たち 阿耨多羅三藐三菩提: 無上正等正覚、「この上ない、正しく平等な目覚め」「完全なさとり」 大神咒: 原語マハー・マントラ。「神」は、不思議な霊力を意味したものか。マントラ=咒であり、「真言」である。宗教的儀式に使われる神歌。 無等等: 無比ということ。無等無等とも。「比類のないこと」 羯諦羯諦波羅羯諦 波羅僧羯諦: 決定的な訳は無理だという。この真言は、総括的に神秘的に表出するものであるから、古来、翻訳されないという。原語は「ガテー ガテー パーラガテー パーラサンガテー ボーディ スヴァーハー」。スヴァーハー=願いの成就を祈って、咒の最後に唱える秘語である。 心: 原語フリダヤ。フリダヤ=心臓、転じて精髄・精要。ウパニシャッドでは、心臓はアートマン(我)の宿る場所、であると説かれ、さらには、フリダヤは心であると説かれ、ブラフマンであると説かれた。 現代語訳 [玄奘訳 般若心経から和訳(サンスクリットからではない)] 観音菩薩が、 深遠なる「智慧の波羅蜜」を行じていた時、 〔命ある者の構成要素たる〕五蘊はすべて〔いかなる本質、実体をも〕欠いている[1]と明らかに見て、 すべての苦しみと災い〔という河〕を渡り切った。 「シャーリプトラよ、 色(肉体)と〔実体を〕欠く〔というあり方〕とは異ならない。〔また、実体を〕欠く〔というあり方〕と色とは異ならない。 色は〔実体を〕欠いている。〔また、実体を〕欠いている〔ものこそ〕が色である。 受(感覚を感じる働き)、想(概念)、行(意志)、識(認識する働き)もまた同様である。 シャーリプトラよ、 すべての現象(一切法)は〔実体を〕欠いていることを特徴とするものであるから、 生じることなく、滅することなく 汚れることなく、汚れがなくなることなく 増えることなく、減ることもない。 ゆえに「(実体を)欠くということ」の中には、 色は無く、受、想、行、識も無い 眼、耳、鼻、舌、身、意も無く、 色、声、香、味、触、法も無い 眼で見られた世界(眼界)も無く、意識で想われた世界(意識界)も無い 無明も無く、無明の滅尽も無い "老いと死"も無く、"老いと死"の滅尽も無い 「これが苦しみである」という真理(苦諦)も無い 「これが苦しみの集起である」という真理(集諦)も無い 「これが苦しみの滅である」という真理(滅諦)も無い 「これが苦しみの滅へ向かう道である」という真理(道諦)も無い 知ることも無く、得ることも無い もともと得られるべきものは何も無いからである 菩薩たちは、「智慧の波羅蜜」に依拠しているがゆえに 心にこだわりが無い こだわりが無いゆえに、恐れも無く 転倒した認識によって世界を見ることから遠く離れている。 過去、現在、未来(三世)の仏たちも「智慧の波羅蜜」に依拠するがゆえに 完全なる悟りを得るのだ。 それゆえ、この「智慧の波羅蜜」こそは 偉大なる呪文であり、 偉大なる明智[2]の呪文であり、 超えるものなき呪文であり、 並ぶものなき呪文であり、 すべての苦しみを除く。 〔なぜなら〕真実であり、偽りなきものだからである。[3] 〔さて、〕「智慧の波羅蜜」という呪文を説こう、 すなわち呪文に説いて言う: "ガテー、ガテー、パーラガテー、パーラサンガテー、ボーディ、スヴァーハー" (往ける者よ、往ける者よ、彼岸に往ける者よ、彼岸に正しく往ける者よ、 菩提よ、ささげ物を受け取り給え) 〔以上が〕般若心経〔である〕。 脚注 ↑ 「空」とは「~を欠いている」という意味。ここでは「自性」すなわち「実体」という言葉が省略されている。 ↑ skt.vidyā ↑ 原文を「真実不虚故。説」と読む。 この作品は1931年1月1日より前に発行され、かつ著作者の没後(団体著作物にあっては公表後又は創作後)100年以上経過しているため、全ての国や地域でパブリックドメインの状態にあります。 Public domainPublic domainfalsefalse 原文の著作権・ライセンスは別添タグの通りですが、訳文はクリエイティブ・コモンズ 表示-継承ライセンスのもとで利用できます。追加の条件が適用される場合があります。詳細については利用規約を参照してください。 Public domainPublic domainfalsefalse